LOGIN意気揚々とスタンリーの寝室の扉を開ける。
そこには私の夫のスタンリーと、私とどこか似ている銀髪の女メアリア子爵令嬢がいた。
残念ながらメアリア嬢は服を着ていた。
不倫の証拠としては少しばかり甘いかもしれない。 (前回は全裸だったのに来るのが遅かったか⋯⋯)まあ、13歳のスタンリーを連れてきてしまったので彼女が服を着ていて良かったと考える方が正解。
私は前回は不倫現場に動揺してスタンリーを罵倒し、メアリア嬢に飛びかかった。
でも、今は驚く程心が静かだ。「君が全て悪いのだ。老いゆく君を見ていられなかった。昔の君に似ている彼女は美しいだろう?」
前回と同じセリフを吐く夫スタンリーは、本当は動揺していたのかもしれない。
落ち着いて観察してみると、唇と手が小刻みに震えている。 彼の瞳には私しか映ってなくて、隣にいるメアリア嬢は必死に両手で顔を隠していた。前世の記憶を取り戻した今。
私にはスタンリーが病的な男にしか映らない。 20歳になった妻を老いたと辱め、10代の女を寝台に引き入れる。「メアリア嬢ですよね、お噂通りお美しい方ですね。お2人はとても気が合うようで羨ましいわ。このような仲睦まじい姿を見せられては、私は退場させて頂いた方が良さそうね。スタンリー、離婚しましょ⋯⋯」
私はとにかく死の運命にあるモリレード公爵邸を立ち去りたかった。
メラリア嬢は実家の借金の肩代わりに、2回り歳上の商人の家に近々嫁ぐと聞いていた。
前回は、結婚が決まっているのに夫に手を出した彼女に掴み掛かって暴れてしまった。あの時の感情は嫉妬ではなく、スタンリーの妻である自分がバカにされたと感じた事による怒りだった。
「老いゆく? この美しくも魅惑的なルミエラの価値が分からないとは、公爵⋯⋯いや、叔父上、僕は彼女に夢中なのです」さっきまで息子の友達の顔をしていたレイフォード王子はどこに行ったのだろう。
魅惑的な表情で私を見つめてくる。
私はアイコンタクトをとってくる彼が明らかに芝居をしているのがわかった。3年後、クリフトにあっさり殺される彼はあまり賢い男ではないと思っていた。
彼は恐ろしく整った顔をしているからか、間近で見ると見惚れそうになる。 彼の意図など分からないが、咄嗟に自分の生存本能に従った。「レイフォード、好きなの。早くスタンリーと別れたい。おじさん過ぎて気持ち悪いのよ。本当は彼を1度も愛した事などないの」
王子である彼を呼び捨てにするのは気が引けた。
しかし、芝居にのっただけだから許されるだろう。それにしても、先程から心臓の鼓動が早い。
その理由が自分でもよく分からない。「本当に? ただの1度も?」
耳元に届く聞き慣れた低い声は震えていた。浮気したスタンリーこそ、私への気持ちは冷めているだろう。
自分の浮気は良いけれど、私の浮気は許せないのかもしれない。
彼は私を自分の所有物と思っているふしがある。私はそんなに頭が良くない。
だから、咄嗟に漏れた言葉に嘘も偽りもなかった。スタンリーを愛したことは1度もない。
私は彼がくれる公爵夫人という立場を愛していた。「当然でしょ。10歳以上も歳が離れているのよ。公爵夫人になれると思ったから、あなたにしがみついただけ。でも、もういらないわ」
私が言葉を発したのを合図に、レイフォード王子は私に深く口付けて来た。
(演技でここまでする? 本当に訳が分からない⋯⋯) 確かレイフォード王子はは幼い頃からの婚約者もいて、来年国王に即位すると同時に彼女と結婚する予定だ。 最も3年後には、彼の妻になるタチアナ嬢もクリフトに殺される。口づけに応えている間、うっすら目を開けた私の目に映ったのは彼の後ろにいたクリフトの瞳だ。
純度の高いアクアマリンのような美しい澄んだ瞳。 しかし、何を考えているか分からなくて私を不安にさせる瞳。私は怖くなって再び目を閉じ、レイフォード王子の首に手を回した。
唇が離れて、スタンリーの表情を窺い見る。
彼は見たことのないような困惑した表情をしていた。「ルミエラ、もう1度聞く⋯⋯本当にただの1度も俺を愛したの事がないのか?」
「貴方みたいな、若い女が好きなだけのおじさん好きになる訳ないでしょ」
私はスタンリーが1番傷つくだろう言葉を吐いた。
スタンリーは未だ美しく若い女を呼び寄せる魅力はある。 それでも、彼の心を叩き潰す為に私はわざと強い言葉を選んだ。私は死の運命にあるモリレード公爵邸を離れる為ならなんでもする。
自分の本質がクソであることなんて自覚しているし、心が綺麗な人間ばかりが生き残れるとは限らない。
今の私は自分が生き残れる為ならば、クリフトを愛し抜くという決意も捨てられる。
不意に死んだミランダ公爵夫人を思い出した。
彼女はクリフトが言葉を発さなくても、意に返さないくらい彼を愛していたように見えた。
彼女が死んだのはスタンリーが彼女の心を殺したせいだ。
スタンリーは彼女の事もクリフトの事も愛そうとはしなかった。
(クリフトは母親の仇をとろうとしてる? だから、スタンリーから命より大事にしてそうな公爵の地位を?)
瞬間、脳裏を巡ったのは私の中にある前世の記憶だ。私と夫は幼い頃から近所に住んでいて10年以上の付き合いを経て結婚した。
お互いどのような人間か知った上での結婚で、付き合っていた時から苦楽を共にしてきた。
恋愛結婚というより、友達婚だった。
そのような私たちでも乗り越えられなかったのは、障害のある健太という存在だ。
夫は健太が生まれるなり、私と息子の存在から目を逸らすようになった。
健太の障害が宣告され絶望の日々が続き私は自殺未遂をした。一生言葉を発する可能性のない人間。
そのような人間の一生を背負う覚悟がつかなかった。夫は私の自殺未遂を弱い人間がする事だと片付けた。
夫は私が妊娠中飲酒をした事があったからだと、私の過去の揚げ足をとるようになった。
確かに健太の妊娠発覚前に飲み会があって酒を飲んでしまった。健太の障害を持って生まれた原因はわからず、原因を探したところで彼が喋れるようになる訳でもなく涙が止まらなくなった。
私は彼を産んだ自分を責めるしかなく、過去の自分の行動の何が悪かったのか分からず鬱になった。自分が病的な思考に陥ったとは全く分からなかったが、私は病気だと夫は責めた。
私は夫と離婚した。 離婚されて、目の前の息子が息をしていることに気がついた。 一生言葉を発する事がないと言われた健太を私は全力で愛した。 成長すればするほど、周囲から奇異な目で見られても関係ない。彼は私にとってはダイヤモンドだ。
私は彼の為だけに生きて死んだけれど、私の死後彼はどうなったのだろう。 冷たい視線、蔑まれるような体験、夫の裏切り。全てを経験したような気になっていたから、私はどのような子供でも愛せる気になっていた。
私の知る限りお人形のようだった健太と、クリフトは明らかに違っていた。無垢で守らないといけない使命感を感じた健太と、明らかにわざと言葉を発せず何かを企むクリフト。
一緒にしては自滅するだろう。
子育ては100人100通り、前に試した方法が別の子で上手くいくとは限らない。「レイフォード! 好きなの! 今すぐスタンリーと離婚して、貴方の女になりたい」
人は生きる為ならば全ての羞恥を捨てられる。
今、目の前で明らかに芝居をしてからかっているような王子レイフォード。 何を考えているか分からないし、このままだと3年後に死ぬ男だ。彼は私を好きだという芝居を私の夫の前でうった。その不思議な行動には何か意味があるはずだ。
なぜだか、彼のことが好きだと伝えた自分の言葉が芝居ではなく真実のようにも思える感覚があった。 メイドであった私の貞操観念など、誰も気にしていないだろう。公爵夫人になっても、血筋を重んじる貴族から私は蔑まれ続けた。
私は再び思いっきりレイフォード王子の首にしがみつき、彼にダメ押しのキスをした。 バカで後ろ盾もない私は生きる為には何でもする。 呆れたスタンリーから離婚を言い渡されて、死の運命を待つ公爵邸から出ることが最優先だ。 「最低な女だな。ルミエラ、離婚してやるよ。後ろにいるクリフトも連れてけ⋯⋯お前とは違う上品な女とまともな跡継ぎを作るから」私は、スタンリーの言葉に血の気が引いた。
(おそらく、今、惨殺ルートに入った!)「ふざんけんなよ。お前ら!」
後ろからクリフトの声がすると共に、鈍い痛みが走り私は意識を失った。「タチアナ嬢、僕と婚約してください」 11歳の時彼と婚約できて自分は世界一幸せな女だと思った。 初めて出会った時からレイフォード王子が好きだった。 麗しく輝かしい未来を約束された王子様だ。 私は厳しい妃教育も必死に耐えた。 ルミエラ夫人と彼のキスを見た瞬間、時間が止まったような感覚を覚えた。 美しい王子様と麗しのルミエラ様。 ルミエラ・モリレード、貧しい平民出身でモリレード公爵家で働いていたメイド。 美しく優秀なスタンリー・モリレードから求婚され全てを手にいれた女。彼女の手に入れた地位を考えればうまくやらなければいけないと分かっていた。でも直感的に嫌いだった。美しさだけで成り上がってきた読み書きも怪しい女だ。 レイフォード王子に彼女を辱めた罪で婚約破棄を言い渡された。 私はそこまで既婚者でもある彼女に夢中な彼に苛立った。 何度も抗議の手紙を書き、彼に今の気持ちを訴えようと謁見申請をした。 全ては無視され、自分の存在とはレイフォード王子にとってその程度だったのかと落ち込んだ。 「久しぶりだな、タチアナ」 建国祭を終えて1ヶ月。 やっとレイフォード王子が私に会ってくれた。 プラチナブロンドにアクアマリンの澄んだ瞳。 私の王子様⋯⋯。 「殿下、お会いしとうございました。殿下がルミエラ様を好きなら構いません。殿下のような方のお心を私が留めておけるとは思ってませんから」 私は別に美しくない。 家柄だけは超一流だが、殿下は結婚したら他に女を迎えると思っていた。 それでも構わなかった。 彼の正室になれるのは私だけだ。 彼が娼婦に夢中になろうと、側室を何人とろうと気にしないと思っていたのにルミエラ様だけは許せなかった。 女の私でもときめいてしまう美しい姿。 淡白で仕事人間のスタンリー・モリレード公爵を落とした女。 誰が見ても分かりやすい悪女で、国を傾かせるような危険な匂いを感じさせる女だ。 そのような彼女を魅力的な女だと客観視していたが、自分のテリトリーを侵され彼女は完全に私の敵になった。 「ルミエラが僕の子を身ごもっているのだ。僕もそなたの献身を理解していない訳ではない。そなたと結婚か⋯⋯ルミエラが僕の子さえ宿していなければ叶うのに⋯⋯」 言い辛そうに伝えてきたレイフォード王子
クリフトは新学期になり、アカデミーの寮に戻って行った。スタンリーはクリフトと聖女マリナを婚約させた。 私は妊娠5ヶ月になり安定期に入った。 妊娠初期はつわりもなく妊娠した実感がなかったが、ようやくお腹が出てきて実感が湧いた。「お、お母様、なにかお手伝いできることはございますか?」 「マリナ、もう十分よ。お茶会を開催するのは実は初めてなの。緊張するわ」 「わ、私もお茶会初めてです。ど、同年代の子とお話するのも」 マリナは今モリレード公爵邸に滞在している。 クリフトは彼女に聖女の力を使わせないように気をつけていた。 そのせいか、マリナは随分と顔色も体調も良くなってきた気がする。 生命力を吸われることがなくなったことと、クリフトという味方ができたせいかもしれない。 初めて見た時、今にも死にゆく顔をしていたが、今は生きるのが楽しくて仕方がないという顔をしている。 マリナは3歳で聖女の力を発現して以来、崇められ各地を巡礼し聖女の力を使い続ける生活をしていたらしい。 クリフトは彼女に自由を与えたいのかもしれない。 私は公爵夫人としての仕事として、他の貴族の夫人方や令嬢と交流を持つことにした。 彼女たちは特権階級意識が強いから、正直気が進まなかった。 私の元気がないことを心配してくれたのか、マリナが私のお腹に手を翳し聖女の力を使った。 温かく柔らかい光が私を包み込む。 とても気持ちが軽くなるが、これはマリナの苦しみと等価交換されているものと考えると胸が痛くなる。「だ、大丈夫です。赤ちゃんも応援してます。赤ちゃん女の子みたいですね」 「そんな事も分かるの? それよりも聖女の力は使ってはダメでしょ。自分自身を一番大切にね」 「す、すみません。クリフトには私が聖女の力を使った事、内緒にしてください」 私は微笑みながら頷いた。彼女もクリフトに大切にされていることを自覚しているようだ。 スタンリーに守られていた事に4年も気が付かなかった私から見ると、彼女はとても人の気持ちの分かる優しい子だ。 今日のお茶会は温室ですることにした。 続々と招待客が集まる。 今まで、招待状を送って来た人たちを招待したが皆が来るとは思わなかった。 (私は招待を無視してたのになんで?) 急に怖くなってきた。 も
馬車に乗せられ、家路を急ぐ。「スタンリー、帰ってきてしまって良かったの?」 彼は貴族たちに囲まれていたから、仕事の話になって執務室に何かをとりに来たような気がする。 それなのに会場にも戻らず、勝手に帰ってしまって良かったとは思えない。 スタンリーは私の方を見ようともせず、ずっと真っ暗な窓の外を見ている。「⋯⋯別に、問題はない。ルミエラはまだ帰りたくなかったのか? その⋯⋯体調が悪いと聞いたが⋯⋯」「懐妊の話ね。それは、誤報だから⋯⋯私は、子供は欲しくないの」「君が、そう思うのは当然だ。あのような過ちを犯した俺との子供なんて穢らわしくて欲しくないのだろう⋯⋯」 彼は一体何を言っているのだろう。 3ヶ月以上、仲睦まじく毎晩のように抱き合ってきた。 (穢らわしいなんて思ってる訳ないじゃない、むしろ⋯⋯) 私が子供が欲しくないのは、子供を持つことの大きな責任を知っているからだ。 健太が生まれた時、私は輝かしい未来しか想像していなかった。 結婚して、子供が産まれて、子供が反抗期になったら喧嘩するかもしれないけれど、大人になったら一緒にお酒を飲んだりして、孫が産まれて⋯⋯。 そのような思い描いた将来は、健太が1歳になる前に消滅した。 そして、私は今でも自分が死んだ後、彼が無事に生活しているか考えるだけで気が狂いそうになる。 子を持つ事による発生する責任を私は恐れている。 「私は子供を持つのが怖いだけ⋯⋯スタンリーは関係ないわ」「君はクラフトの事を怖がっていたからな。確かに子供は思うようにはならん。別に逃げて良いのだぞ。君はクリフトの親ではないのだから」 私はスタンリーの言葉に流石に頭がきた。「クリフトは私の子よ! それに、私がスタンリーを好きだから一緒にいたいって分からない? あなたのその目は節穴なの?」「えっ? 君が俺のことが好き?」「そうよ、ムカつくから、絶対言いたくなかったけどね!」 私は振り向いたスタンリーの髪を引
私は小説『アクアマリンの瞳』を思い出していた。今、考えると、まるで伝記のように客観的視点でかかれた不思議な小説だ。 16歳になったクリフトは、自分を虐待して来た公爵邸の人間を惨殺する。 彼には殺人容疑が一時はかかったが、彼自身も怪我を負っていたのと公爵邸にあった宝物『アクアマリンの瞳』が所在不明だった為に賊の仕業という事で片付けられた。 彼はスタンリーが死んだ事で公爵位を授かり、怪我を治しにきた聖女マリナと出会う。 2人は運命のように恋に落ちて、その時「呼吸が止まる瞬間まで、あなたのアクアマリンの瞳を見つめていたい」と彼女はプロポーズのような言葉を告げる。 2人は結婚。 クリフトは挙兵し、レイフォード国王を倒し、悪政に苦しむ民を救う。 なんと、たった3ヶ月の出来事を描いた物語。 私はこの話を天才クリフトのサクセスストーリーだと思っていた。 クリフトは周辺諸国の強力を得て、クーデターを成功させている。 今はこの小説が愛の物語のように感じる。 人を追い詰め楽しんでいただけの少年が、聖女マリナと出会い愛を知る。 彼女が力を使わなくて済む世を作る為、少年は初めて人の為に動く。 クリフトと聖女マリナはお互いしか見えないように、静かに見つめあっていた。「母上、先にお帰りください」「え⋯⋯あ、はい⋯⋯」 私の事を一瞥もしないで告げるクリフトの言葉に、私はそっと部屋を去った。 以前、クリフトに口撃された時に彼をサイコパスだと決めつけた。 彼を理解できなかった自分への言い訳を用意しただけだ。 聖女マリナといるクリフトは、初めて恋をした男の子に見えた。 彼は人一倍、人の心の機微に敏感な生きづらい子なのかもしれない。 会場に戻ろうとした時に、私の前に怒りを抑えたようなレイフォード王子が立ち塞がった。(勘違いじゃない⋯⋯付き纏われている⋯⋯)「そなたと、しっかり話をしたい。僕を避けているだろう。こっちに来い」
人生とは、驚くほど時間がゆっくり流れる。 僕、クリフト・モリレードの人生は物心ついた時から、死ぬまでの暇つぶしだった。 僕が物心がついたのは1歳になるより前、通常よりもだいぶ早い。 「ふふっ、クリフトがアクアマリンの瞳を持って生まれてきて良かったわ」「ミランダ姫、あなたも悪い方だ」「スリルがないと、こんな退屈な人生やってられないでしょ」 僕の産みの母親は、スリルがないと生きられない女だった。 スタンリー公爵と結婚した後も、彼女は祖国から連れてきた護衛騎士との情事を続けた。 赤子である僕の前で彼女がそのような事を繰り返すのは、僕が何も分からないと思っているからだろう。 悲しいことに僕には、その時点で世界の大体を理解する能力が備わっていた。 僕の母親はなんと醜い女なのかと思った。 そして、僕の父親スタンリーは彼女のしていることに気が付きながら、何も指摘しない。 それは本当に彼女に興味がないからだった。 僕は両親を懲らしめてやろうと思った。 言葉を話さない⋯⋯ただ、それだけで両親は慌てふためいた。「喋りなさい、喋りなさいよー!」 鬼の形相で僕を虐待する母が滑稽だった。 彼女はスリルがないと生きられないと言ったから、スリルを見せてやっただけだ。 王位継承権を持つ公爵家の跡取りが、言葉1つ発せないというスリルだ。 彼女は焦って、毎晩のように夫スタンリーを誘惑した。 しかし、彼は仕事人間で彼女に興味を示さなかった。 跡取りを作ったのだから、それで自分の仕事は終いだと考えていた。 そのような毎日が続き、僕が6歳になった時に面白い人物が現れた。 女に興味がないように見えたスタンリーが夢中になる女、ルミエラだ。 スタンリーは愚かにも誰が見ても彼の気持ちが分かってしまう程に、いつも彼女を目で追っていた。 ミランダは、そのような彼を責めた。 彼女はストレスを溜めて精神が不安
あれから3ヶ月の時が過ぎた。 スタンリー狙いのメイド連中を解雇し人員整理も済ませ、公爵夫人としての仕事も交友関係を作る事以外はできるようになってきた。 レオダード王国347年建国祭。 聖女マリナが訪れるとあって、周囲は騒がしい。今日はクリフトも舞踏会に参加する。「レイフォード・レイダード王子殿下に、ルミエラ・モリレードがお目にかかります」 隣にいるスタンリーと腕を組みながら、彼とペアでつくられた青いドレスを着ている私を自分に気があるような女のように見てくるレイフォード王子。(確かに気持ちはあったけれど⋯⋯) 「ルミエラ夫人、久しぶりだな」 レイフォード王子の軽やかな声。 私は彼をすっと避け続けていた。「ええ、レイフォード王子殿下とお会いしたのは、もう3ヶ月以上前になるのですね⋯⋯」 自分でも一度は恋をした相手だという認識はあるのに、目の前のレイフォード王子に興味が湧かない。 クリフトは長期休暇に入り、昨晩寮から公爵邸に戻って来たばかりだ。今日の建国祭初日の舞踏会に出席すると自ら言ってきた。 彼から出席したいと伝えて来たのは、今日聖女マリナがくるからかもしれない。 彼女は小説の中ではクリフトの未来の奥さんだ。 今、クリフトはアカデミー創立以来の秀才だと騒がれていた。 全ての成績でA判定をとってきたのは私の予想外だ。 てっきり彼はアカデミーでも出来の悪い男のふりをすると考えていた。 私は隣にいるクリフトをただ見つめていた。 気品ある佇まいにアクアマリンの瞳。 誰がどう見ても立派なモリレード公爵家の跡取りにしか見えない。 クリフトはアカデミーでトラブルもなく静かに過ごしてくれたが今後は分からない。 彼は急に周囲の人間を惨殺したりする危険な子だ。 そして、人の心を抉るような言葉で攻撃してくる子だ。スタンリーは私と一曲踊り終わると、すぐに他の貴族たちに囲まれてしまった。 私は舞踏会の